紫陽花にまつわる恋のお話

雨の日でも元気に咲く紫陽花の花。

 

さてさて、そんな紫陽花にまつわる小話をひとつ聞いていってみませんか?

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というわけで、

 

 
『お滝さんと紫陽花の花』

 

始まり始まり~。

 

昔むかし、江戸時代の頃。あるところにシーボルトという博物学者がいました。彼はドイツの医師ですが、日本の長崎へ蘭学を教えにやって来ていたのでした。

 

シーボルトは日本で生活しているうちに、ある女性と出会い、恋をして、結婚し、幸せな家庭を築きました。その相手の名前はお滝といいました。

 

シーボルトはお滝さんのことを少しなまって、『オタクサ』と呼んでいました

 

しかしそんな幸せな生活は長くは続きませんでした。シーボルトは、スパイの容疑をかけられ、国外追放されてしまったのです。

 

愛するお滝さんや子供を残したまま、日本を離れなければ行けなかったシーボルトは、毎日毎日、お滝さん達のことを想い続けました。

 

そんな辛い日々の中で、博物学者であるシーボルトは、日本で見つけた植物を載せた『日本植物誌』という本を刊行しました。そして、その本に長崎で見つけた、空色の紫陽花を『ハイドランジア・オタクサ』と名付け、愛する妻の名前をつけて紹介したのでした。

 

しかし、残念なことにオタクサという名前は他の品種で使われている名前のため、『ハイドランジア・オタクサ』の名は無効とされてしまいます。そしてそのまま、シーボルトとお滝さんは一緒に暮らすことはなく、離ればなれのまま一生を終えてしまいます。

 

そうです。とても切なく悲しい恋のお話です。でもまだこの話、終わりじゃないんです。

 

さてさて、時は進んで、現代の日本!シーボルトとお滝さんが、出会い、暮らしていた長崎の地。この長崎ではあるお祭りがとても有名なんです。その祭りの名前は『長崎紫陽花祭り

 

えっ!?

『ながさきあじさいまつり』!?

 

違います!

違うんです!!

 

『ながさきオタクサまつり』です!

 

シーボルトだけのお滝さんの呼び方である『オタクサ』が、日本のまつりの呼び名として使われているです。いったいどこから伝わっていったのでしょうか。

 

シーボルトのお滝さんへの想いは、時を越え、海を越え、長崎の地まで届いていたようです。

 

そして今でもオタクサとして紫陽花は多くの人々に愛されている訳です。

 

きっとお滝さんにも、シーボルトの想いは届いていたことでしょう。

 

 

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